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これまでの仕事の紆余曲折

樋口久美子 OFFICIAL BLOG

· 仕事,キャリア,バブル,ジェネラリスト

寒くなってきましたよね。

すっかり冬モードです。

私の仕事遍歴のことについて書こうと思います。

ご興味がある方だけ、読んでくださいね笑

 

私が、短大を卒業して、新卒で入社した時は、バブル少し前です。

当時は、ほんっっとに!何も考えてなかったですね。

母子家庭ということもあり、妹もいるし、早く就職して稼ぎたかったです。

オートメーション式のように、就活して新卒で就職するという流れです。

当時は、高卒で、銀行などの大手の事務職として就職する人も多かったですね。

大手信仰は今もでしょうか。

当時は、やはり大手信仰。銀行や保険会社などの金融系、ソニーなどのメーカーもとても人気ありました。

まだ、男女雇用均等法が出る前です。女性は、男性のアシスタント業務、事務職というのが普通だったと思います。

私は、外資系の健康食品会社に入社しました。

大手ではなかったのですが、当時、有名な大学から新卒15人くらい入社して、研修も1週間ほどありました。

そこで私は、マーケティング部に配属されました。

最初は何でも屋!って感じでしたね。デザイナーや他のスタッフのアシスタント業務がメインでした。

パッケージデザインとか、チラシなど作成して、その使いパシリもよくしてました。

今は、チラシなどは簡単にできるのでしょうけど、当時は、原稿作って、写植屋さんに持って行ったりしていました。

結局、その会社は2年で辞め、転職することになるのですが、その2年間は濃密で、会社のメンバーとプライベートでもよく遊んでいましたね。今でも、仲良くお付き合いさせていただいていますね。

転職した会社は外資系のコンピューター企業です。

入社して、1年くらいでバブルです。

若い社員が多かったので、パーティ好きの社員が、マハラジャ貸切でパーティ企画したりしていました。ああ、懐かしい。男性も女性もドレスアップしてましたねー。

ソバージュに赤リップに、ボディコンシャス、着てたと思います。

今から思えばすごいですよね。

 

でも、ここは長かったですね。一度、大手のコンピュータ企業に吸収合併されたのですが、勤務年数20年です。

産休、育休取り、復帰しても仕事を続けていました。

もともと、最初、技術系の部署のグループセクレタリーとして配属されたので、組織変更が行われても、流れでどこの部署に異動になっても、役員や組織長、スタッフたちのセクレタリー業務でした。

 

そう思うと、全くもって、ジェネラリストの道、まっしぐらですよね。

それでも、20代後半は、それなりに仕事にやりがいを感じている頃でした。

また、その頃は色々と現状が見えてきて、キャリアアップにも悩み始めていました。

 

もともと、やりたいこともなく、夢はお嫁さんでした。

取り柄もないと思っていたので、仕事をし続けるなんととてもとても!って感じだったのですが・・・

 

人は変わります。

 

コンピュータ企業は、母の看病と、育児が重なり、退職したのですが。

当時、自分も、様々のことに疲れてしまっている頃でした。

 

そこからの仕事遍歴は、また、長い。

2年同じところ、続いたことはないんじゃないかな。

最近、記憶力が悪いので、すっかり忘れているけれど、思い起こせば1冊の本が書けるかも。

機会があれば、また、ブログにアップします。

 

ご興味がある方だけ、読んでみてください笑

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